《ゆれ》
今でも覚えているのだが、
その時の私は「彼女がケンジにひどいことをされて可哀想」だという気持ちもあるにはあるのだが、
それよりも「妊娠したのが彼女じゃなくて本当によかった」という気持ちのほうが断然強かった。
決して、「これで自分にも付き合えるチャンスが訪れた」などと思っていたわけではない。
ただ、私は、「将来つらいことになるのがこの子じゃなくて本当によかった」と冷静に安心していた。
さて、安心は安心だったのだが、その瞬間の彼女は、とても安心できるような状態ではなかった。
ちょっと目をはなしたすきに、自殺しちゃうんじゃないかと本気で私は心配していた。
彼女が、「もう、私、生きていけない!」とか「もう学校も行かない。どうなったっていい!」とか、
そんなことをずっと叫んでいたからだ。
その時、もう夜の9時をまわっていたが、私は彼女に家に帰れとは言わなかったし、
彼女も家には帰りたくはなさそうだった。
その後、彼女は思い出したように泣き出したり、すっと泣き止んで、ボーッとしたりというのを繰り返した。
私は、たまに背中をさすってあげながら、結局、何も言わなかった。
それからだいぶ時間がたった。
私は「家に帰ったら親からこっぴどく叱られるだろうな」と頭のどこかで考えながら、
「今日はもう、とことんこいつに付き合ってやろう」と心に決めていた。
たまに国道を通る車のヘッドライトの光がなくなった頃、彼女はぽつりと言った。
「あー、もう、私、一人じゃ生きていけないよ」
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