《おちていく》
そう言って彼女は、僕の目をその日はじめて見た。
泣き疲れて赤くなっている彼女の目に僕はいつも以上に吸い込まれてしまった。
私からある種の言葉を引き出すには、それだけで十分だった。
「じゃあ、俺がずっとそばにいてやるよ」
そう言いながら、私は
「あーあ、やっぱり言っちゃったよ。俺、ダセーなぁ。けど、まぁ、しょうがねえか」
と予定調和的な自分に半ば呆れていた。
こんなことを言ったって、彼女の気持ちが動くはずがないのだ。
「ありがと。コバヤシ君」
と、彼女は言った。どうせ夜だから顔も見えないのに、私は恥ずかしくて彼女の顔を見れなかった。
その時、彼女の体がスッと近づいたような気がした。
あれっ? と思ってふと隣を見ると、彼女の顔がすぐ近くにあった。
本当に時間が止まったようだった。
そして、ほんのちょっと、彼女が上目遣いで私を見て、瞬間、景色がスローモーションになって、
気がついたら私は彼女にキスをしていた。
それはとても場違いで、そしてとても素敵なキスだった。
でも、結局それは悲しいキスだった。
彼女は私のことを好きでも何でもなかったのだから。
そして、私はその事に気づかぬふりさえできないまま、彼女の隣を歩き始めた つづく
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